特集 谷山浩子祝 還暦 、そして「ひろコーダー☆栗コーダー」


谷山浩子 祝 還暦 SPCIAL!「読む、ファムラジオ」

 

2016年8月29日、谷山浩子さんは還暦のお誕生日を迎えられました。改めまして谷山さん、おめでとうございます。MUSICSHELF制作の女性シンガーソングライター専門ラジオ番組「ファムラジオ」では、9月14日に発売されたニューアルバム『ひろコーダー☆栗コーダー』についてのお話はもちろんの事、谷山さんの還暦を記念して、10月に谷山さんがデビューをした10代、そして20代、30代、40代、50代の各時代に発表した代表曲を聴きながら、その時代ごとのエピソードを語っていただく特集を放送しました。今回たっぷりとお話頂いたのですが番組時間の都合上、放送できなかったトークも加えて完全版として紹介します。谷山浩子の「読むラジオ」どうぞ、お楽しみ下さい。(長井英治)

 

~「ファムラジオ」番組スタート~

 

1曲目「お早うございますの帽子屋さん」

(1975年2月10日発売)

アルバム『ねこの森には帰れない』より

 

――本日のゲストは、約1年ぶりの登場になります、ようこそ谷山浩子さんです。(拍手)

この1年間はお元気でお過ごしだったでしょうか?

 

喉の不調(急性声帯炎)などいろいろありましたけれど、まあ概ね元気でした(笑)今日はよろしくお願いします。

 

――(2016年)8月29日に還暦をお迎えになられた谷山浩子さん、改めておめでとうございます。お誕生日当日には「谷山浩子 猫森集会 Unlimited ~還暦Birthday Party~」が行われましたね。あれはコンサートとお呼びしてもいいんですかね?

 

ファンクラブのイベントをちょっとオシャレにして、一般の方にも見ていただこうという趣旨だったので、コンサートとは呼べないかもしれないですね。

 

――(イベントの)前半は谷山さんのラジオの公開録音でしたね。

 

公開生収録ということで、なんだ、そりゃという感じですけど(笑)

 

――生でラジオ収録を見る事ができて、とっても嬉しかったです。

 

番組中にゲームをやったんですけど、ゲームをやっている時にはすでにラジオ収録という事はすっかり忘れていて(笑)、後で放送を聴いて気付いたんですけど、ゲームの正解を言ってなかったり、あの場にいた人しかわからなかった部分もありました。

 

――さて今月のファムラジオは、還暦を迎えられた谷山さんの10代、20代、30代、40代、50代の各年代を勝手に区切らせていただいて、その時代の代表曲をご紹介しながら、エピソードをお聞きしたいと思っています。まず1曲目、谷山さんが10代の頃の代表曲で「お早うございますの帽子屋さん」をお聴きいただきました。発表当時は17歳だったでしょうか?

 

作ったのは16歳で、発売の時は18歳だったかな、この曲でポプコンに出場したのが17歳の時です。

 

―― 2度目のデビューという事でしたよね?

 

その前に15歳の時に1回デビューをしています。

 

――谷山さんの10代の頃というのはどういう少女だったんですか?

 

私は子供のころから漫画家か作曲家になりたくて、絵が上手くなかったので、12歳の時に漫画家はあきらめたんです。でも、歌はずっと作っていたので、学校の近所にあったキングレコードに行って曲を聴いてもらうようになって、14歳の時に初めて曲を採用してもらいました。ベイビーブラザーズ(のちのフィンガー5)のシングルのB面になりまして、翌年私が15歳の時に、LP「静かでいいな~谷山浩子15の世界~」が発売になりました。キングレコードの方から「LP出してあげるけど、でも自分で歌ってね」と言われまして(笑)

 

――本当は筒美京平さんのような職業作曲家になりたかったんですよね。

 

その頃に、日本にもようやくシンガー・ソングライターという言葉が出て来た時期だったので、そういうタイミングだったのかもしれないですね。

 

――谷山さんは女性シンガー・ソングライターの草分け的存在ですものね。YUMINGや五輪真弓さんよりもデビューが早かったという。

 

それで「セーラー服のシンガー・ソングライター」というキャッチフレーズをつけられて、すごく嫌でした(笑)。当時の私でさえ「ダサい!」と思いました。

 

――当時は「嫌だ!」と言えなかったんですか?

 

レコーディングも希望を言えなかったし、「このアレンジはちょっと・・・」みたいなのも言えなかったです。

 

――でも、10代前半にして将来を見据えて活動しているってすごい事ですよね。

 

将来を見据えてたわけじゃないんですよ、これになりたいっていうものがあったので、そこに邁進していただけですね。遊びでやっていた事を、将来仕事にできると一途に思っていたんです。

 

――素晴らしいですね、そうやってずっと活動をされているわけですから。さて、次は谷山浩子さん20代頃の作品を聴いていきたいと思いますが、20代はアルバムで言うと「ねこの森には帰れない」~「眠れない夜のために」までですね。

 

歌手デビューをしたのが20歳の時で、つまり歌手になって最初の10年という事ですね。まだ歌手という仕事に慣れていないというか、コンサートが嫌で仕方なかったです。人前に出るのが苦手だったので、お客さんの前に出るのがすごく怖くて、1週間くらい前から胃が痛かったのを覚えています。精神状態も不安定だったので、体調もよく崩していました。嵐のような時代でした。

 

―― 1982年に開始した「オールナイトニッポン」をきっかけに谷山浩子さんの活動も大きく変わったのではないでしょうか?

 

ニッポン放送という私から見たらすごくメジャーなラジオ局で、2部とはいえオールナイトニッポンですから、声の出し方からどうしようかなと思いまして。私はマイクに乗らない声というコンプレックスがあったので乗る声を出そうという事で、普段使わない高い声で「谷山浩子なのです」と始めてみたら、それまでのファンの方が若干離れていきましたけど(笑)。「あんなものは谷山浩子ではない」と言われました。そんなこと言われても、「私は私なんですけど」と、思っていましたけれど。

 

――そんな、谷山浩子さんの転機となったのがオールナイトニッポンをやっていた20代の時だったと思うんですけれど、次は20代の頃の作品をお聴きしたいと思います。前回ゲストでお越しいただいた時に「てんぷら☆さんらいず」をおかけしたので、今日は「風になれ -みどりのために-」をおかけしようと思いますが。

 

CM曲ですね。「緑の胃薬 新サクロン」のCMで、随分長い期間使っていただきました。

 

――先日、谷山さんがライブでこの曲を歌われた時に、この曲のタイトルは公募で決まったと話されてましたよね。

 

最初この曲は「みどりのために」というタイトルだったんですが、シングルで発売するにはタイトルが弱いと言われまして、でもどうしても思いつかなくてオールナイトニッポンで公募しました。それで「風になれ」というメインタイトルになりました。でも、ネットを使えるようになって、検索したら「風になれ」というタイトルの曲が世の中にたくさん存在していることが判明しました(笑)。

 

2曲目「風になれ ~みどりのために~」

(1983年9月21日発売)

アルバム『黒と白』(シングルバージョン)より

 

――谷山浩子さんが20代の頃に発表しました名バラード、本当にいい曲ですよね「風になれ~みどりのために~」でした。さて、谷山さん次は30代の頃のお話を伺いたいのですが、アルバムで言うと「空飛ぶ日曜日」~「漂流楽団」までです。

 

「空飛ぶ日曜日」は30代に入ってからのアルバムだったんですね。30歳以降の出来事は、記憶がだんだんとごちゃ混ぜになって来るんですよね(笑)。だからマネージャーのゆかりんに、年表を持ってきてもらいました。(と年表を広げつつ話しをする谷山さん)

 

――当たり前ですけど、これだけ活動が長いと、年表も長いですね(笑)

 

マネージャーが変わって、更新されていくという事もあるんでしょうけど、40代、50代の年表はさらに詳しくなって、長くなっていくんです(笑)。

 

――谷山さんの30代はかなり名盤と呼ばれているアルバムも多くて、谷山さんの活動の中でもかなり濃いんじゃないかな、と思うんですけど。

 

年表を見ると「101人コンサート」をやっていた頃ですね。オールナイトニッポン終了後に、「屋根と電気さえあればどこでも行きます」という広告を新聞に出したんですね、そうしたら300件くらい応募して下さって。全国の青年団だったり、商工会だったり、喫茶店のオーナーが「うちでやってください」とか、地方のファンの方が集まって応募して下さったり。とにかくあちこち飛び回ってました。福島県内9か所とか、岩手は10か所くらい行ったんじゃなかったかな。

 

――「101人コンサート」はそんなに細かく回っていたんですね。体力ないと出来ないですね。

 

30代だったから出来たんだと思います(笑)。泊る所も、主催者が用意してくれる場所なので、民宿みたいなところとか、ペンションなのにクーラーが100円入れると1時間で切れちゃうような所とか、いろんな思い出があります。

 

――谷山さんがオールナイトニッポンをやっていなかったら、「101人コンサート」はやってなかったかもしれませんね。

 

オールナイトニッポンの反動だったかもしれませんね。オールナイトの頃は派手な仕事が多かったので、ある意味精神的に消耗していたのかもしれません。でもこの「101人コンサート」のおかげでコンサートに慣れて、コンサートが楽しくなりました。

 

――元々、谷山さんのファンではなかったお客さんが多かったかもしれないですね。

 

「谷山浩子は知らないけれど、うちの村でやってくれるので来てみた」的なノリで来て下さるお客様の方が多かったんです。そういうので人に慣れたというのもありますし、お客さんに歌を聴いてもらうのが楽しくなりました。

 

―― 30代は、コンサートが充実していた時期だったかもしれないですね。

 

青山円形劇場で「101人コンサート」という名前を付けてコンサートを始めましたし。360度全部お客さんというコンサートは病みつきになりました。あと「パソコン通信」を始めました。「パソコン通信」の「草の根ネット」で知り合った人たちと、海外旅行に行ったり温泉に行ったりしたのがすごく楽しかったです。森田将棋の森田さんとか、るるぶの編集長とか、漫画家のすがやみつるさんもいましたよ。

 

――さて、次はそんな谷山浩子さん30代の名曲の中からお聴きいただこうと思うんですけれど、あまりにも名曲がありすぎて悩むんですけど、「王国」か「海の時間」をおかけしようと思うんですが。

 

白(谷山)好きの長井さんとしては、「海の時間」じゃないですか(笑)

 

――谷山さんには、完全に見抜かれてますね(笑)。

 

子供向けの「大昔の生物」という図鑑を見ていた時に出来た曲です。「海の時間」を聴いて下さい。

 

3曲目「海の時間」

(1991年5月21日発売)

アルバム『ボクハ・キミガ・スキ』

 

――谷山浩子さんのファンの間でも人気のある「海の時間」をお聴きいただきました。ファン投票をすると、かならず上位に食い込んで来る曲ですよね。

 

そうなんですよ。20年近く前にファン投票をした時に1位で、5,6年前の投票の時も1位でした。

 

――この「海の時間」という曲の人気の魅了は何だと思いますか?

 

作った時にすごく好きな1曲だったんです。「NHKスペシャル」みたいな感じで(笑)。前後にラブシーンが出て来るので、NHKには使ってもらえないと思いましたけど。海の底にまだ生物しかいなかった時代に遡っていく、時間のダイナミックさに魅かれるんじゃないですかね。

 

――次は谷山浩子さんの40代についてお聞きしたいと思いますが、アルバムで言うと「しまうま」~「月光シアター」までです。アルバムの並びを見ると、超濃いですよね(笑)

 

音楽業界のバブルが終りかけた頃ですね。世間のバブルより音楽業界の方が長く持ったんですけど、だんだんアルバムを作る時に「予算が・・・」と言われるようになりました(笑)。

 

――それまでは、あまり予算に関してはうるさく言われなかったんですか?

 

特に何も言われずフルオーケストラを使ったり、海外でレコーディングをしたりしていました。「海外でレコーディングしたほうが安い」とか言われて。

 

―― 40代の活動はファンから見ても、かなり濃いですね。

 

40代は「幻想図書館」がありますね。お芝居と音楽が融合したコンサートです。高校時代、演劇部で音楽劇をやっていたので、その頃からお芝居に音楽をつけるというのがとっても好きだったんです。だから本格的なデビューの時(アルバム「ねこの森には帰れない」)も、B面はあまんきみこさんの「車のいろは空の色」をモチーフにした組曲でしたから。それまでにも、コンサートの一部をお芝居っぽくしたことはあったんですが、全体を演劇っぽくするのは、この時が初めてですね。

 

――「幻想図書館」は今振り返ってみて、改めていかがでしたか?

 

3回やったんですけど楽しかったですよ。でも、全部自分が出演するのはしんどいな、と思いました。私は歌だけ歌って、他の人に演技をしてもらいたいなと(笑)。特に3回目の「アタゴオルは猫の森」の時は、稽古の前半はほとんど身体づくりでしたから。

 

――じゃ、歌だけの出演だったらまた「幻想図書館」をやってもいいかなという感じですか?

 

そうですね。予算もかかりますし、そこがクリアになれば。でも、ファンの方からそんなに要望も来てないので(笑)。あと、中島みゆきさんの「夜会」に出演したのもこの時期です。座って朗読して、後は歌うだけと言われて、出演することにしたんです。稽古が始まったら「これは芝居じゃん!」と(笑)

 

――あの夜会(夜会 vol.11「ウィンター・ガーデン」)は主役が谷山浩子さんですからね。

 

そう、稽古が始まってみたら私が主役みたいな事になっていて(笑)。中島みゆきさんの「夜会」ですから、毎日車が家まで迎えに来てくれて、(会場の)シアターコクーンまで行くんですけど、街を歩いてる人がみんな幸せそうで、うらやましくて「自由でいいな」と思ってました。まるで護送車に乗ってるような気分でした(笑)。

 

――(笑)僕も拝見しましたが、あれは本当大変なステージだと思いました。しかもあの夜会はDVD化されてないんですよね。是非もう一度見たいんですけど。

 

こうやって振り返ってみると、40代は演劇ブームでしたね。もうひとつ音楽劇「空間読書の会」では尾崎翠さん原作の「第七官界彷徨」もやりました。あとソロツアーも始まりましたね。

 

――そう考えると、アクティヴな40代ですよね。

 

ソロツアーが始まるまでは、弾き語りだけでコンサートが出来ると思ってなかったんですよ。単調になっちゃってお客さんが飽きるんじゃないかと思って。あとは、ピアノで弾き語り出来る曲は限られていたので、レパートリーの幅がせまくなっちゃうなと。でもお客さんのアンケートを読んでみたら、反応が良くてだんだん調子に乗って来ちゃいました(笑)。「ねこの森には帰れない」や「てんぷら☆さんらいず」のようなタイプの曲もこの時期に練習して弾き語りが出来るようになったんです。

 

――今の谷山さんは何でも弾き語りしますからね(笑)。リクエストコーナーでは弾きにくそうとか、歌いにくそうな歌をあえて選ぶファンの方も居ますよね(笑)

 

あと、あんまり私が覚えてなさそうな曲(笑)。リクエストは本当に聴きたい曲を是非リクエストしてほしいです。

 

――いつもコンサートを拝見していて思うんですが、めったに聴けない曲をリクエストする方が半分くらいいるんじゃないかと思ってしまいます。リクエストが当たった瞬間に曲を変える人が居たりして。

 

アンケートを見ると、そういう方いらっしゃるみたいです。当たったとたん真っ白になっちゃって、思ってもなかったような曲をリクエストしたりして(笑)。

 

――次は、谷山さんが40代の頃の曲をおかけしたいのですが、この名曲をまだこの番組ではおかけしていないんですよ。発売は谷山さん50代に入った時でしたが、世の中に出たのは40代の時でした「テルーの唄」です。この曲のエピソードなどありますか。

 

ジブリが新しいアニメを作る事になって、宮崎駿さんの息子さん(宮崎吾郎氏)が監督で、主題歌と挿入歌を手嶌葵さんが歌うので作って欲しいという依頼がありました。1週間くらいして連絡があって、「監督が作った詞があるんですけどどうですかね」と言われ、その詞を見せてもらったら、あっという間に出来た曲です。

 

――なるほど、そういう経緯であの曲は完成したんですね。それでは、谷山浩子さんのセルフカバーによる「テルーの唄」をお聴きください。

 

 

4曲目「テルーの唄」

(2006年9月13日発売)

アルバム『テルーと猫とベートーベン』より

 

――さて、50代の谷山浩子さんですが。

 

ついこの間ですね。

 

――アルバムで言うとベストアルバム「白と黒」~「谷山浩子 デビュー40周年記念コンサート at 東京国際フォーラム」までですね。企画もののアルバムも多いですね。谷山さんの50代はどんな10年でしたか?

 

やっぱりROLLYさんとのコラボレーションが大きかったですね。コンサートではいろいろな方とゲストでご一緒しますが、アルバムを作るというのはROLLYさんが初めてでした。

 

――最初にアルバムを一緒に作るのがROLLYさんなんだと、びっくりしました。

 

私もびっくりしましたから(笑)。2007年頃だったと思いますが、当時のスタッフやマネージャーから「猫森集会のゲストにROLLYさんどうですか?」と、薦められていたんです。ローリー寺西というお名前だけは知ってたんですけど、ギターも弾ける芸人さんだと勝手に思っていて、エキセントリックなイメージだったので(笑)、ゲストにお呼びしてもあちらも困惑するんじゃないかと思いまして、いつも企画段階でボツになっていたんです。でも、毎年名前が挙がって来るんで、ある年にROLLYさんのお芝居「三文オペラ」を観に行ったら歌がとても良くて。終演後楽屋にご挨拶に行ったら、とってもシャイな方で声も小さくて、「この人だったら一緒に出来るかも」と思ったんです。それで、私の曲を聴いていただいたらすごく気に入って下さって、私の方でもROLLYさんのギタープレイと音楽センスに驚いて、ついにアルバムを作ってしまいました。

 

――ROLLYさんは谷山さんの楽曲の中にプログレを見い出したんですよね。

 

ROLLYさんのお姉さんが「ねこの森には帰れない」が好きで、ROLLYさんも子供の頃一緒に聞いていたそうなんですけど、のちにクィーンの「キラークイーン」を聴いたら、「ねこの森には帰れない」にそっくりじゃん!と思ったらしいんです(笑)。

 

――ROLLYさんと作った2枚のアルバム(「ROLLY&谷山浩子のからくり人形楽団」「暴虐のからくり人形楽団」)は黒谷山ファンからすると、たまらない選曲ですよね。

 

猫森集会にROLLYさんがゲストに来た時の反響はすごかったですもんね。

 

――それでは50代の谷山さんの曲をお聴きしたいと思いますが「終電座」か「さよならDINO」をお聴きしたいと思います。個人的には「終電座」はコンサートで聴いて好きになった曲です。

 

私もすごく好きな曲です。

 

――先日、この「終電座」をテーマにしたお芝居を学生さんがやられたんですよね。谷山さんのTwitterで拝見しましたが。

 

工藤千夏さんという戯曲家の方が脚本を書いて下さって、最初はプロの方が演じたんですけど、先日それを中高生が演じて下さったんです。目黒区の企画だったと思うんですけど、ワークショップと発表会が一緒になったもので面白かったですよ。10代の学生さんが「終電座」を歌ってくれて、みんな歌がとっても上手かったです。

 

――でも、今日は「さよならDINO」をおかけしたいと思います(笑)。

 

この曲はROLLYさんともアルバム「からくり人形楽団」の中でカヴァーしています。

 

――この曲はホント、メロディーが素晴らしくていい曲ですよね。

 

ありがとうございます。私も大好きな曲です、歌いやすいし(笑)

 

――僕が最初に谷山浩子さんに取材をさせていただいたのがアルバム「夢見る力」の時だったので、非常に思い入れが強いアルバムなんです。震災の後のアルバムだったので、このアルバムにはかなり心を癒していただきました。

 

少年と恐竜の友情と別れを歌った歌です「さよならDINO」をお聴きください。

 

5曲目「さよならDINO」

(2011年9月14日発売)

アルバム『夢見る力』より

 

――谷山浩子さん50代の時の名曲です「さよならDINO」でした。この曲ってコンサートでよく歌われますよね。

 

そうですね、この曲は歌いやすいのでよく選びます。コンサートの選曲の基準が歌いやすいかどうかなので(笑)

 

――さてさて、先日還暦を迎えられた谷山浩子さんですが、先日ニューアルバムを発売したばかりです。タイトルを谷山さんのほうからお願いします。

 

「ひろコーダー☆栗コーダー」です。

 

――これは、どういうアルバムになりますでしょうか。

 

タイトルを見ていただけばお分かりになると思いますが、栗コーダーカルテットさんとのコラボレーション・アルバムです。栗コーダーカルテットさんもROLLYさんと同じように、猫森集会やコンサートのゲストで来て下さる事が多かったんです。栗コーダーもファンの方からも、とても評判が良かったんです。前から、アルバムを作ってほしいという要望はあったんですけれど、今回初めてアルバムを作る事になりました。私の曲を8曲、栗コーダーさんのアレンジでお届けできることになりました。

 

――選曲も栗コーダーさんがして下さったんですか?

 

そうなんです。8曲入りということで候補を絞った結果、なぜか可愛い曲だらけになりました。

 

――僕も猫森集会で栗コーダーカルテットのゲスト回を拝見しましたけれど、素晴らしいゲスト回でした。確か谷山さんがおもちゃのピアノを弾いてましたよね。

 

アルバムでも1曲弾いてます。「意味なしアリス」のイントロと間奏を弾いてます。あれは、栗コーダーのメンバーの栗原さんの私物です。

 

――おもちゃのピアノってすごくいい音ですよね。

 

特にこのピアノはいい音が出るトイピアノなんです。ここはこのピアノで弾いて下さいという栗原さんからの指示のもと参加しました(笑)。

 

――さっきお話が出たROLLYさんの黒谷山の世界とは正反対の世界観ですよね。

 

そうなんです、北極と南極みたいな。両方寒いから逆じゃないか(笑)。

 

――さっきふと気づいたんですけど、「意味なしアリス」はROLLYさんとのアルバムにも、栗コーダーさんとのアルバムにも両方収録されてるんですよね。僕はとにかく「意味なしアリス」が大好きなんですよね。イントロから素晴らしいという。

 

あのイントロは私が作りました(笑)。リフを曲と一緒に作る時があって、そういうのも曲の一部だと思っているので。そこを変えられると悲しいなと思って。今回のアルバムで言うと「月が誘う」もそうです。

 

――「意味なしアリス」って本当に完成度の高い曲だと思うんですが、40周年記念コンサートのダブルアンコールでこの曲を歌ってくれましたよね。

 

でも歌詞カードを見ながら歌ったのに、歌詞を間違えるという(笑)。

 

――アルバムのジャケットは谷山さんが好きな漫画家さんのイラストなんですか?

 

今回、アルバムのジャケットのイラストを描いて下さった小島アジコさんは、ジャケットをオファーするときにはまだ、イラストしか知らなかったんです。装丁家の方のカタログ本を見ていたら、サンプル本として小島アジコさんの本の表紙が使われていて、ラインの美しさに一目ぼれしまして、ディレクターの方に連絡を取っていただき、OKをいただきました。その後、漫画を読んだら面白かったです。元彼女、今の奥さんがいわゆる腐女子だそうで、その彼女の生活ぶりを描いた「となりの801ちゃん」という漫画なんですが、何でも100万部近く売れているらしいです。

 

――じゃ、谷山さんがイラストに惚れ込んでオファーしたという。

 

そうなんです、このジャケットのイラストはとっても細かい部分まで緻密に書いて下さってるんですけど、漫画の中身は絵柄が緩くて、そういう意味でも合ってます。谷山浩子ではなく、栗コーダーさんの緩さに合ってます(笑)。

 

――今回のアルバムって、新しいアレンジで歌いなおしている曲のはずなのに、「最初からそこに居るよ」的なアルバムですよね。

 

合いすぎるって、よく言われます。溶け込んでしまって、自分がどこに居るのかよくわからない感じです。

 

――谷山さんの声がまたとてもいいですよね。

 

このレコーディングの直前に急性声帯炎になりまして、治りかけでレコーディングが始まって、完治していないんですけど、それにしては頑張ってますよね。力抜けていていいかもって思います。

 

――凄いな、この60歳と思いました(笑)。

 

レコーディングの時はまだ59歳です!(笑)。

 

――失礼いたしました(笑)、ではニューアルバムの中から1曲聴いていただきたいのですが、どの曲にいたしましょうか。

 

それではアルバムの1曲目に収録されています「恋するニワトリ」を聴いていただきます。

 

――この曲は人気曲ですからね。この曲は持田香織さんのフェイバリット・ソングでしたよね。猫森集会のゲストの時もカヴァーされてましたもんね。

 

やくしまるえつこさんもカヴァーしてくれていますし、いろんな方がカヴァーして下さってます。

 

6曲目「恋するニワトリ」

(2016年9月14日 発売)

アルバム『ひろコーダー☆栗コーダー』より

 

――今月のファムラジオは谷山浩子さんの、年齢別で勝手に区切らせていただき代表曲を聴いていただいたわけですが、いかがでしたでしょうか?

 

そうですね、年代別に区切ることはありますけれど、年齢別に区切ることもはあまりないので、とても新鮮でした。

 

――しかし、改めて谷山さんの30代、40代の活動は濃いですよね。若くないとできない(笑)。

谷山さんは実は、体力あるんじゃないですか?

 

体力はないんですよ。20代の頃に体調管理で失敗しているのでケアの仕方が上手くなったんです。すごくケアには気を遣ってますよ。今の若い女性に声を大にして言いたいです「冷やすな、あとで来るから(笑)」。20代の頃のレコーディングの写真が残ってるんですけど、薄い生地のノースリーブのワンピース1枚とかなんですよ。それを見ると「やめてー」って、思います。何より喉に良くないです。

 

――みなさん、身体は冷やさず温めましょうね。という事で、今月のゲスト谷山浩子さんですが、ついこの間40周年を迎えられたばかりだと思っていましたが、何と来年は早いものでデビュー45周年なんですよね。ということで谷山さん、来年の4月29日には、東京で大きいコンサートがありますね。

 

4月25日がデビューした日なので、なるべくそこに近づけるように4月29日にコンサートをやります。40周年の時と同じ東京国際フォーラムCで、45周年記念コンサートをやります。

 

――あの超満員だった伝説のコンサートですね。

 

超満員じゃなくて、ちょうど満員だったんです(笑)。あの時とは趣向を変えたコンサートになりますので、今から是非楽しみにしていて下さいね。席を埋めに来てください(笑)。

 

――土曜日ですから、平日のコンサートを観れない方も是非お越しくださいね。秋の猫森集会~年末のソロツアーは毎年恒例ですが、ホントに体力的に含めて、凄いなと思っているんですよね

 

最近わかった事なんですが、身体が持つかどうかって、脳に依存してると思うんですよ。だからソロライブツアーみたいに、緩い感じでお客さんとおしゃべりしながらやる弾き語りのコンサートってそんなに疲れないんですよ。ヒールの高い靴が苦手なので、靴が高くなければ。あらたまった企画で、演出が凝っているようなコンサートは、終わってから何日か身体がこわばってたりします。多分脳の疲れが身体に影響してるんです。だから脳を元気にしなきゃと思っています。大きなパズルもできなくなったし。

 

――これはどこか生きるヒントをいただいたような感じですね。

 

ですから自分をリラックスさせる時間をたくさん持って下さい。

 

――そんな時には谷山浩子さんのニューアルバム「ひろコーダー☆栗コーダー」がぴったりですね(笑)。

 

ありがとうございます(笑)。本当にそうですね、耳で聞く森林浴。森林浴というより温泉ですね。肩こりも治る可能性があるかもしれません。

 

――あとは昨年猫森集会のゲストだった、太田裕美さんとザ・ピーナッツのトリビュートアルバム「ザ・ピーナッツ トリビュート・ソングス」に参加してますね。

 

太田裕美さんと一緒に「指輪のあとに」という曲をデュエットさせていただきました。

 

――昨年の猫森集会の太田裕美さんとのデュエットがとても素敵だったので、また歌が聴けて嬉しかったです。

 

裕美ちゃんも、再び猫森集会の感じがやってみたかったみたいですよ。是非こちらの方も聴いて下さいね。

 

――という事で、曲最後の曲は谷山浩子さんのニューアルバム「ひろコーダー☆栗コーダー」からお聴きいただきたいと思っていますが、どの曲をおかけしましょうか。

 

では、このアルバムの中で唯一の新曲「ピヨの恩返し」です。昨年NHKの「みんなのうた」で岩男潤子さんが歌ってオンエアされた曲なんですが、私は作詞・作曲を担当しました。そのセルフカヴァーです。

 

7曲目「ピヨの恩返し」

(2016年9月14日 発売)

アルバム『ひろコーダー☆栗コーダー』より

 

――谷山浩子さんで「ピヨの恩返し」をお聴きいただきました。約1年ぶりにご登場いただきました谷山浩子さんですけれど、いろいろな事を根ほり葉堀り聞いてしまいまして、今日はありがとうございました。目の前には、谷山浩子さんの年表が置いてあるんですけれど本当にすごい年表なんです、語りつくせない量ですね(笑)。という事で、来年45周年をお迎えになられる谷山浩子さんですけれど、70歳になるまで頑張っていただきたいと思っています。

 

はい、次の還暦まで頑張ります(笑)。今日は本当にどうもありがとうございました。谷山浩子でした。